おすまし すがお えがお


第1回 子供の頃 (2001年 2月9日に書きました)

*私は1942年生れで,900gの小さな子でした.
2月生れの私は,今みたいに保育器がないので,頭を真綿でくるまれ,
竹で編んだこうりの中で湯たんぽ3個で暖められ,すくすく育ちました.

*小学2年生の時、急性髄膜炎にかかり,脊髄にウイルスが入って,
1ヶ月半入院しました.
 母が[八重子がパーコになるから病院に入院させてくるから,いい子で御留守番してね]と兄や姉たちに言ったそうです.



らんにかこまれて
第2回 遠回りの美容師 (3月25日に書きました)

*中学を卒業後,成城学園のユー美容室にお世話になりました.
そこで1年見習をしました.
 その後2年間通信教育を受けました.
 インターンを1年間やり終わり,5年目にやっと国家試験に合格しました.

*その時、[長かった道のりを無駄にはしないぞ,自分の店を持つぞ]と思いました.
[お金がないのにどうしたらいいのか,でも何とか頑張っていれば何とかなるさ]と思い,
毎日楽しく働いていました.




らんにかこまれて
第3回 いよいよ独立 (5月23日に書きました)

*通勤するのが嫌いだったので,早く自分のお店を開店させようと,少ない給料から,
少しずつお金を貯めていきました.

*1963年に結婚し,翌年には長男が生まれました.


*1967年に独立のチャンスがやってきました.私が25歳の時です.
いろいろな人が少しずつお金を貸してくれました.
 130万円で家が買えた時代に,100万円で相模原市の東林間に自宅兼用のお店を借りて,念願の美容室を開店しました.
幸いお客様にも恵まれて,お店は順調にいきました.
 
*2年後には次男が生まれ,美容師,妻,母と何役もこなして,毎日毎日が忙しく,
時の経つのも分からないくらい,一生懸命頑張りました.

ショートも似合うでしょ?
第4回 美容師失格? (6月8日に書きました)

*1983年に海老名市上今泉の中古住宅を買って,お店用に改築して移転しました.(今のお店です)
ここでもお客様に恵まれ,前のお店からのお客様も通って来て頂けて,楽しく仕事ができました.

*しかし良い事ばかりではありませんでした.病気が見つかったのです.

*1993年に手術を受けることになりました.子供の頭ほどもある子宮筋腫を取るためです.
なんと切り取った筋腫は550gもありました.同時に卵巣も取られました.
 その間お店を40日も休業したため,お客様も少し減ってしまいました.
 
*更に,その数ヶ月後からホルモンのバランスがくずれて,髪の毛が抜けて抜けて困りました.
多い時には1日300本位抜けて,とても心配になりました.何とかならないかと,いつも頭を悩ませていました.
 美容師なんだから,[何とか良い勉強をしたい]と思いながらも,何年かが過ぎてしまいました.



黄色の[アンデスの乙女]を前に最終回 理学美容との出会い (9月2日に書きました)

*ある日,日興ビューティという会社から電話がありました.
[今までの美容師のままで良いのですか?]と言われ,いろいろ疑問を持っていた私はドキッとしました.

*自分の髪の抜け毛が気になっていましたし,お客様の頭皮が赤くなっているのに気づきながらも,ただどうしてかなと思うだけでした.
 また,髪の毛が薄く,細く,弾力がなくなっていくお客様を見ていると,寂しくもなっていました.
 パーマやヘアカラーをすると頭皮がピリピリするとおっしゃるお客様…
お顔のトラブル(ニキビ,吹き出物やアトピー)のあるお客様をどうしたら直してさしあげられるのか…
 美容師である私にとって疑問がいっぱいの時でした.

*会社から[一緒に勉強しましょう]と言われ,一から勉強し直す良い機会だと思い,月1度の研修会に参加して,理学美容を取り入れる事にしました.
 幸い,気になっていた私の抜け毛もおさまり,多くのお客様の悩みも解決できて,自信が持てるようになりました.

*早いもので4年目に入りましたが,まだまだ完璧ではないので,頑張って勉強を続け,最後まで[お客様から喜ばれる美容師]でいたいと思います.

最後までお読みいただきありがとうございました.

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